スポンサーサイト

  • 2016.02.13 Saturday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


忙しいってカッコわるいニャ〜

うり 

毎年ながら新米の季節は、何かと慌ただしくて
ブログを落ち着いて書く時間がない。

ので、近所のかわいがっているねこの写真を貼り付けて
おきます。

でも、いくら文字を連ねても、このねこほど真理は
かたれませんニャ〜




光を食べる人たち


稲

今年2回目の稲刈りに行って来ました。

写真では、到底表現できないのですが、棚田の風に吹かれて
揺れる稲たちに、太陽の光が差し込むと、本当にキラキラと
黄金色に輝きはじめます。

まるで、風の谷のナウシカの一場面かのような。

穀物は、本当に「光」なのだなぁと、つくづく感じます。

僕らの本質は「光」です。

穀物は、地上で最も「光」を象徴する食べ物。

僕らは穀物を食べることで、自分の本質を思い出すのでしょう。

そして僕らは光となって、世界を照らします。

黄金の国、ジパング。

そろそろ、灯台にスイッチを入れましょうか。

もちろん、電源は宇宙に差し込んでね(笑)





箱舟に乗って目指す未来


以前、「天空農園の記憶」という記事を書いたこと
があります。

そして、震災後はじめて棚田で稲刈りをして、また
その思いが強くなりました。

そうか、棚田は「箱舟」なんだなと…。

世界には隈なく「洪水神話」があります。
神話は、単なる物語で、現実ではないと言われます。

ただ、今回の震災のように、人類にはどうすることも
できない地球の圧倒的なパワーに直面すると、あながち
神話も荒唐無稽とは言えなくなるかもしれません。

世界に大洪水が起きて、すべてが水に流される。
そして、残ったものは、高地にひっそりと開かれた
「棚田」だけだったら…。

「棚田」には、すべての「種」が保存されています。

それは、もちろん未来の人類の食べ物となるお米の
「種籾」であり、豊かな生態系の中で育まれる動植物
の「種」であります。

それらの「種」が、洪水の引いた低地に引き継がれます。

それは、まさに聖書の中にある「箱舟伝説」であり、
日本の神話にある「天孫降臨伝説」として書留られる
かもしれません。

実際、僕は佐渡の誰も上がってこないような高地に
ある棚田を利用したビオトープをみた時、これは神様
の「生命のラボ」なんだなと思いました。

東日本大震災が起きた後の混乱の中で、「棚田どころ
じゃないでしょ」という声も聞こえます。

ただ、僕は時代が転換すればするほど、自分が「棚田」
に関わってきた意味が明確になっていくような気がする
のです。





栃木県茂木町のとある山中にある棚田。
天気がとてもよくて、気持ちのいい稲刈りでした。







いまだにモッテナイ伝説まとめ【保険編】

これはね、いつも書くの迷うのですね。

なぜかと言うと、怒られるから(笑)

まぁ、怒られるのはいいのだけど、みんな
ものすごい勢いで反発するので、コレ絶対
非推奨でお願いしま〜す。

良い子のみなさん、真似しないでね!

さて、僕はこの10年来、あらゆる「保険」
というものに入ってません。

まぁ、正確に言うと、今年引っ越した先で
久々に、「火災保険」に自動的に入ったの
で、あらゆるとまでは行きませんね。

ただ「健康保険」「生命保険」「年金」、自動車
も持ってないので「自動車保険」、フリーなので
もちろん「雇用保険」も持ってません。

いやいや、ある種の保険は、国民の義務なの
も知ってますよ。

特に「年金」なんてのはね。

ただ、この年金制度は、今の日本の社会を
蝕んでいるので、早く崩壊した方がよいので
はないでしょうか。

結局、人間は老人になることで、物質性を手放し
精神世界に生きる事で、若者の尊敬を集めるわけ
です。

若者は、老人の経験豊かな知恵を尊重し、老人の
物質的側面を助けるために、自覚を持って働く
ようになるのです。

年金世代が物質世界を手放さいない社会システム
では、若者が自立せず、ニートや引き込もりを
生むのは、少し考えれば当たり前のことですよね。

僕は、基本的に死ぬ瞬間まで、働くつもりです。
なぜなら、僕にとってはの「労働」は、「遊び」
であり、「社会奉仕」であり、「瞑想」であり、
人生のすべてですからね(笑)

さて、では「生命保険」は、自分のためではなく
家族のためですよね!

うちも茶長に「あなたが死んでも、全く保険おりない
わよねぇ」と言われます。

そんな時は、「僕が死んだら、僕のライフスタイル
を本にすれば、印税で生きて行けるよ、タイトルは
『旦那様は宇宙人』でね!」と答えます。

ふざけてますね(笑)

まぁ、もともと僕は死にましぇんので、「生命保険」
というのは理論的に成り立ちません。

たとえ肉体が消えても、肉体を持って生きている側
が気がついていれば、いつでもサポートできます。

それも、肉体を持っている時の限定的なサポート
より、もっと広範なエネルギーを使えるので、自由
自在です(笑)

もちろん、うちの茶長は、そんなことはとうに理解
していますので、必然「生命保険」はいりません。

さて、最後は難題の「健康保険」ですね。

これ、一番周囲から怒られますね。

特に親などには絶対に言えません(笑)

では、なぜ「健康保険」を持ってないかというと、
「病気」をしないために持っていません。

意味わかんないですよね(笑)

だって、「病気」をした時のために、「健康保険」を
持つのに、なぜ、「健康保険」を持たないことが、
「病気」をしないことなのか???

これもちょっと考えれば簡単にわかることですよね。

将来、「病気」をすることを想定していれば、自分が
「病気」になることを認めていることになります。

つまり、「病気になる自分」をイメージしていること
になります。

ただ、このからくりは「心が自分のすべての現実を
創っている」という原理を知らないと、なかなか理解
できませんよね。

僕の世界には「病気」というものがありません。
ちなみに「戦争」もありませんし、「貧困」や「不足」
もありません。

将来の「心配」もないし、ましてや「死」もありません。

なので、それらの事柄に保険をかけるというシステム
自体が成り立たないのです。

たぶん、このブログを読んで、とても不快になる人も
いると思います。

それは、当然のことです。

その人にとって、「病気」は現実だし、「戦争」や
「貧困」、「不足」や「心配」、そして「死」が現実
だからです。

だから、この世界の保険システムが理論的に理解で
きるし、それを利用することは当然のことだからです。

だからね、みなさんが信じていることに、アンチテーゼ
をするつもりは毛頭ありません!

そうそう、1つだけ僕も「保険」入ってました〜。

えっ、どんな保険?

え〜と、確か「宇宙保険」とか言ったかな。

つい先日、営業で天使さんがきましたので加入しました。

なんか、月々の支払が無料で、望めば無限にサポート
してくれるみたいですよ〜(笑)



似ている芸能人って言われたことないのです

Tiwtterのトレンドに「似てるって言われたことの
ある芸能人」というのがあったので、僕も振り返って
みました。

夏休みなので、とてもくだらない記事です(笑)

と言っても、僕は本当に芸能人に似ていると言われた
ことがないのです!

若い頃、短髪の時に、爆笑問題の太田に似ていると
言われたことがあるぐらいで(似てないけど)。

でも何故か、漫画のキャラに似ていると言われた事は
数限りなく、それは僕の線の細さ、現実感のなさ、
胡散臭さ、というか、どこか「嘘くさい」ところが、
現実の人間より、漫画の二次元キャラの方があってる
のかもしれません。

そういえば、僕の恩師、大森英桜先生もピッコロ大魔王
にソックリだったなぁ(笑)

そんなわけで、今まで言われたことのある二次元キャラ
ベスト5を自己評価も含めてお送りします!(誰にだよ)

さて、栄えある第1位は


■佐々木倫子さんの『Heaven?』の主人公伊賀観

自他共に認めるソックリさ(笑)
『動物のお医者さん』で一世を風靡した佐々木倫子さん
のレストラン物です。
ヴィジュアルもさることながら、女性オーナーに振り回
されるところが、僕の人生にもソックリです。

面白いので読んでみてね!

さて、第2位は


■岡野怜子さんの『陰陽師』の主人公安倍晴明

まぁ、これはビジュアルというか、いつも陰陽陰陽
言っていて、なんか見えない世界で呪文唱えている
ような雰囲気ですかね。

仕事のパートナーにいつも博雅的な男性がついている
ところは似ているかも。

言わずと知れた天才岡野怜子!なんともスゴイ作品ですね。

さて、第3位は



■マーティン・ハンドフォードさんの絵本「ウォーリーを
探せ!」のウォ−リー君。

これは、単にメガネと体型とボーダー率の高いファッション
ってだけで、全く似てません!

さて、第4位は

 


■羽海野チカさんの「ハチミツとクローバー」の真山&野宮

というか、これは一時期「メガネ男子」なる言葉が流行って
単に「メガネ」ってだけでしょう。

大体、僕は原田理花的な女性は一番苦手なタイプだし、ましてや
僕はあゆみたいなタイプを中心にドラマを演じたりしません(笑)

ハチクロファンにも非難ゴーゴーだと思うので、全く似ていない
としておきましょう!

作品としての評価は、エンディングがかなり無理やり感が
ありましたが、それまではとても面白い作品ですね!

そして最後は第5位

イメージはありません!(想像にお任せします)

■成田美名子さんの『サイファ』の主人公シヴァ

これはあまりに少女漫画なので、出すのも恥ずかしい。
というか、往年の成田美名子ファンに総スカンを喰らいそうなので
似てません!ということにしておきます。

まぁ「シヴァ」がエプロンをつけて、料理をしている場面が
多いので、雰囲気でしょうかね。

成田美名子さんは、少女漫画を純文学のレベルに高めた偉大なる
作家でしょうね。

少年漫画では、絶対に出せない心理描写。少女漫画は日本が誇る
平安女流文学の末裔が多いと思います。

そんなわけで、だからなんなんだ(笑)
ホントくだらない企画だな〜。

まぁ、夏休みなんで、お許しください!




いまだにモッテナイ伝説まとめ【テレビ編】

まぁ、いまだにモッテイナイというか、テレビに
関しては、今時モッテナイ人が多いのではないで
しょうか。

というわけで、伝説ってほどでもないのですが、
いま「テレビネタ」がタイムリーなので、まとめ
ておこうかな。

僕はがテレビを持ってない理由は、携帯と同じで
大した理由もこだわりも実はなくて、単に結婚して
引っ越したアパートがとても狭くて、あまりに
テレビの存在感が大きすぎるので、とりあえず、
広い家に引っ越すまで、テレビは置かないように
しようとしたのがきっかけでした。

だから、別にテレビという存在に嫌気がさしたわけ
でもなく、逆に僕はいわゆる鍵っ子、テレビっ子
世代の代表格みたいなもので、高校や大学の夏休み
は、一日中テレビを見ているような生活でした。

朝の連続テレビ小説→ワイドショウ→夏休みアニメ
特集(だいたいタッチ)→笑っていいとも→ごきげんよう
→昼ドラ→6チャンの再放送ドラマ→10チャンの
アンコール劇場(だいたい明智小五郎)と完全にはしご
状態(笑)

だから今でも巷にテレビがあると、ボケっと見続けて
しまいます。

日本でワールドカップが開催されたときは、電気屋で
テレビをみていたら、さすがに茶長に「戦後か!」と
突っ込まれました。

9.11の事件も、当時はまだネット環境が今ほどで
なかったので、友人からの電話で知りました。

そして、映像を見たのはつい最近です(笑)

いやいや結局ね、それから何回か引越しをして、広い家
にもちろん移ったのですが、逆にテレビを見ない日常に
なれてしまい、はや10年以上となってしまいました。

というのは、僕の生活自体が、テレビという情報を受信
する時代から、インターネットで情報発信する時代へと
ここ10年で変わってしまったのですね。

つまり、受信者から発信者へ、生活も仕事も移行して
しまったのです。

発信者にとって、テレビの情報というのは、すでに死んだ
情報で、それらの情報を分析したり、調査したりするの
時間の浪費で、逆にテレビや一般の人が知らいないような
未知の領域にアンテナを張っていなくてはなりません。

では「楽しみ」でテレビを見ればいいじゃんと言われます。
これは、僕の周りには、たくさんのドラマを演じてくれる
人たちがいっぱいいて、そのドラマがテレビのクオリティ
をはるかに超えているのです(笑)

つまり、テレビを見るよりも、僕の周りで起こることの
方が楽しくてしょうがない一番のエンターテインメント
になってしまったのです。

でも、これって特別なことじゃなくて、一種のパラドックス
みたいなもので、誰でも10年くらいテレビを見なかれば
みんなそうなると思います。

10年は、大げさかもしれませんが、1年でもテレビを見ない
生活をしてみる実験も面白いかもしれませんね。

地デジ移行で、まだテレビを買っていない方、そのまま
1年くらいテレビを見ない生活をしてみてはいかがですか(笑)

きっと面白い気づきがたくさんあると思いますよ〜。




いまだにモッテナイ伝説まとめ【携帯編】

普通に都会の生活をしていて、普通にみんなが
持っているものをなぜかモッテナイ伝説。

最初は冗談で「携帯」持ってないことを、大げさ
に「伝説」とか笑いにして言っていたのですが、
最近はほんとに「伝説」というか「都市伝説」並み
の扱いになってきてしまった…。

なぜ、「携帯」を持っていないのか?

これ、いつも言っていることなんですが、別に
なんか特別な理由があるわけでなく、

言ってみれば

「みんなでやる縄跳びの輪に入るタイミングを
逸してしまった…。」

と言う感じでしょうか。

それでも、数年前は「やっぱり携帯なんて持つもん
じゃありませんよね〜。うらやましいなぁ」なんて
好意的な反応をしてくれる人が多かったのです。

しかし最近は、

ほぼ絶句(←思考が停止してる感じ)

ちょっとイライラ(←こいつ社会人として大丈夫か?)

沈黙、そしてがっかり(←あ〜携帯番号教えたくないのね)

いやいや、違うってほんとに持ってないんだよ〜

とまぁ、こんな反応が多くなってきました(笑)

と言っても、携帯モッテナイって人も結構いると
思うのです。

実際に、僕の周りにも数人いますし…。

でも、そのほとんどが主婦だったり、仕事してない
女性だったり、うちのおやじだったりするのですが、
僕の場合は、フリーランス(実際には「フリーなんス」)
でたくさんの団体や個人のクライアントがいて、
しかも、そのほとんどがウェブや情報発信に関する
仕事なわけです。

普通だったら、携帯フル活用してもいいような仕事な
わけです。

多分、僕は世界でも数少ない「携帯持ってないウェブ
デザイナー」かもしれません(笑)

では、どうしてクライアントから文句が出ないのか。

これは、もうあきらめというか、アヌビスさんだから
しょうがないというのが正直なところでしょう(笑)

それでも、携帯通じないけど、なんか携帯では通じない
ところにつながっているというような一種のお得感が
携帯持ってない事を補っているのではないでしょうか。

ちなみに、携帯に付随して、ノートPCや手帳もメモ帳
も普段もってないので、いちお、仕事をしている風の
カバンを持っているのですが、実際には中には、
買い物した夕飯の野菜とか調味料が入っていたりする
事実上のお買い物カゴと化していることが多いのです。

これには、少し理由があって、僕はほぼ毎日、いろんな
ところで打ち合わせや会議に出ているので、そこでの
情報をメモやスケジュール帳という時系列に落とし込む
とかえって忘れてしまうからです。

つまり、記憶を時系列ではなく空間と言うか一つの連続
した宇宙(ハードディスク)として記録するわけです。

そうすると、あるキーワードやその場所にいた人など
の印象から、そこで話し合われた情景をリアルに再生
することが出来るのです。

つまり、インターネットと同じ原理です。

これを、僕は「インナーネット」と呼びます(笑)

携帯持ってないのも、実はこの「インナーネット」を
常にONにしておくためには、好都合と言うわけなんです。

だから、実は僕は「携帯」持ってないわけじゃないのです。

ただ、みんなより少し「形態」の違う「携帯」を活用して
いるということで、お許し頂ければありがたいと言うわけ
なのです。

最新機種の名前ですか?

もちろん

「noPhone」です。

のほほ〜んとしたデザインですよ(笑)

さて次回の伝説は「保険」かな…。


あえて身を守らない生き方【非推奨】

怒涛の引越し週間もやっと落ち着いてきて
新しい時間の流れを心地よく感じる今日
この頃です。

しかし、今年は本当にリセットの時ですね。

世界や仕事、そして生活環境、全てにおいて
やり方の転換を迫られています。

そして、僕は最近、ある思いに至りました。

それが、今回のタイトル

「あえて身を守らない生き方」

えっ、自分の身は、自分で守らないければ
ならない時勢に「身を守らない」・・・。

ふふふ、そうなんです。でもこれ全く「非推奨」
なのであしからず(笑)。

なぜ、こんな思いに至ったかと言うと、今回
世界の状況を見ていて、ふと思ったのです。

ああ、そうか、みんな必至で、自分を守ろうと
しているのだなぁ〜と。

電力会社の人は、必至で自分の立場や仕事を
守ろうとしているし、政府の人は、必至で自分
の地位を守ろうとしている。

そして、もちろん、住民は自分たちの生活を
守ろうとしているし、都市住民は、自分たちの
安全な生活を守ろうとしている。

生産者は、自分たちの生業を守ろうとしているし
消費者は、自分の家族を守ろうとしている。

みんながみんな色々なレベルで、自分を守ろう
としている…。

でも、もし100人の人がいて、100人の人が
自分を守ろうとしていたら、じゃ誰が攻撃して
るのだろうか(笑)

つまり、「攻守」とは、サッカーとか見ていれば
わかると思いますが、表裏一体なんです。

「守る」ことは、実は誰かにとって「攻める」
ことになる。

原発推進派の人が、自分たちの生活を守ろうと
すれば、それは、原発反対派の人を攻撃すること
になるし、原発反対派の人が自分たちの生活を
守ろうとすれば、原発推進派の人を攻撃すること
になる。

「攻撃」は陽性で、「守備」は陰性なので、「守る」
ことの方が、なぜか穏やかで、自分の中で正当化
しやすい。

だけど、それが誰かにとって「攻撃」になって
いることに気づきにくいのですね。

でも、電力会社や政府の人が自分の立場を守る
ことと、僕ら一般市民が自分の立場を守ることは
レベルが違うよ!というみなさんの気持ちはもちろん
わかります(笑)

はたまた、政府の人は、自分の身を犠牲にしても
市民を守るのが仕事ではないか!という気持ちも
とてもよくわかるのです。

でもね、実はレベルなってありはしないのです。
みんな僕らと同じレベルで、自分が消えてしまうかも
しれないという恐怖と緊張の中で、必至に自分を
守っているんです。

だから僕はね、一抜けようと思ったのです(笑)

どんな状況の中でも「あえて自分の身を守らない」
ことにしようと。

というか、どんな攻撃も実は幻想だし、それらが
僕の本当の実存を脅かすものではないという信念
を持ちつつね。

まぁ正確に言えば「身構えない」ということでしょう
かね。

多分こういうこと言うと、「じゃあ、あなたは車が
突っ込んで来ても、よけないのですね」って、多少
イライラされて言われるのだけど。

もちろん!

よけますよ(笑)

そうりゃもうバッチリね〜。

これに矛盾を感じる人は、とてもまじめな人
ですね(笑)

もともと、僕は「まじめ」じゃありませんから。

というかね、「攻守」という二元性を手放せば、
車なんて突っ込んで来ないですよ。

つまり、「守備」がなければ、どんな「攻撃」も
なくなるんです。

車が突っ込んでくるのも、実は幻想の中の「攻撃」
の一つなんです。

だからね、誰かが、この攻守のゲームから脱皮
しなければ、結局なにも終わらないのです。

そういう意味では、僕は「脱原発」ではなく、
「脱原発ゲーム」かもしれませんね(笑)


こころの叫び

さて、日本国中大騒ぎだというのに、anubis22は
何をやっているのか?

なぜ、ブログを更新しない? 果たして、無事なのか?

はい、無事です。
というか、全く日常と変わらない生活なので、特に
感慨深い感想もなく、静かで平和な日々を送って
おります。

とは言っても、さすがにここ数日は、あまり普通では
ありえない事柄もあり、いくつかご紹介したいと
思います。

まず、地震当日、僕は新宿にいたのですが、事務所の
電話が全く通じなくて、公衆電話なら通じると聞いた
ので、早速外へ。

僕は、皆さんご存じの通り、携帯電話というものを持って
ないので、日頃から、公衆電話のヘビーユーザーです。

もちろん、最近レトロな雰囲気を醸し出すテレカなる
ものも必須で携帯しています。(最近は、デザインが
選べない。大体が富士山。)

そして、新宿周辺の公衆電話のありかも、もちろん、
完璧に頭に入っています。

早速、いつも使っている公衆電話へ出向くと。

ちょ、長蛇の列…。

いつも、僕のライバルと言えば、小学生か杖をついた
おじいちゃん、おばあちゃんだけなのに〜!

結局、電話はできずじまい…。

そこで、こころの叫び。

「お前ら、携帯持ってんだから、携帯使えよ〜」



僕は、仕事でお米のネットショップを管理しています。

やはり、自分で関わっている米穀店なので、少しでも
売上が上がって欲しいと思い。自分でもそこから、
いつもお米を買っています。

そして、マクロビオティックや棚田の仕事もしている
ので、できるだけお米の文化を盛り上げようと、毎日
お米中心の生活をしています。

ところが、震災後、その米穀店にはありえないくらい
の注文が殺到し、従業員さんがてんてこ舞い。

さすがに、「僕にも送ってくれないかな〜」という雰囲気
ではなく、仕方なく2駅先の町にお米を買い出しに行き
ました。

しかし…。

まったく、ない。

全部売り切れ…。

そこで、こころの叫び。

「お前ら、日頃からもっと米食ってくれよ〜」



というわけで、今回の地震に関しての所感でした。

anubis22を心配してくれた皆さん、ありがとうございました。

でも、心配ご無用です!

もともと、この世界に生きてませんから(笑)。



ハレルヤ ハレミヤ ハレルヤ ハリミヤ

僕がこうしてブログを書くようになって、もう6年くらい
立つでしょうか。

初めは伊豆の温泉旅館のマクロビブログから始まり
スピリチャルネタの共有ブログ、そしてこのブログと
形態やテーマを変えながらたくさんの記事を書いて
きました。

こんなに長く続けることができたのは、ブログを通じて
たくさんの人に出会い、コメントを通じて楽しい瞬間を
共有できたからです。

特に初期のブログからコメントをくれる方は、僕が
マクロビオティックの世界観から離れようと、いくら怪しい
ことを書こうと、いつも暖かく見守り、コメントをくれる
魂の友人達でした。

そんな友人の1人が1月4日にこの世を去りました。

ブログで報告することではないかもしれません…。

でも、ブログで知り合って、ブログで語り合って、ブログで
共に過ごした友人だからこそ、最後はブログで弔わせて
頂くことをお許しください。

実は、昨年の年末、共通の友人が入院することをメール
で知らせてくれました。

入院時はやることがないそうなので、メールしてあげて
欲しいと・・・。

僕は何度かメッセージを送ろうと思いつつ、言葉がみつから
ないのと年末年始のドタバタで送れずにいました。

そして、再びその友人から知らせを頂きました。

ただ不思議と後悔はありません。

僕は、今年が始まって誓いを立てました。

今年はどんな時も、どんな事が起きようと、いつも、そして
片時も歓喜の中にいようと。

そして歓喜の中にいれさえすれば、全ての分離幻想を
超えて真の世界に生きていられる。

歓喜の中にいさえすれば、生や死という限定された形態を
超えていつもみんなと一緒にいられる。

だから僕は歓喜の中であらためて彼女にメッセージを
送りたいと思います。


ハレルヤ ハレミヤ ハレルヤ ハリミヤ


本当にありがとうございました。


そして、これからも歓喜の中で語り合いましょうね。




profile
anubis22
anubis22のTwitter
  
selected entries
categories
              
recent comment
recent trackback
links
search this site.
others
mobile
qrcode
archives
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM
sponsored links