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  • 2016.02.13 Saturday
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マッチョな文明の終焉

何十年ぶりかで『笑っていいとも』のテレフォンショッキング
を見ました。

もちろん、16年ぶりにテレビ出演するオザケンを見るために(笑)

僕より二つ上のオザケン。
特段オザケンの音楽が好きなわけでなかったのですが、やはり
同じ時代に音楽をやっていた者としては、どうしても気になる
存在でした。

というか、当時の僕は、オザケンを直視できなかった。
オザケンを直視すると、その痛々しさが自分の事のように感じて
見てみぬふりをしてしまうのです。

武装したマッチョな兵士たちが戦っている戦場で、ヒョロヒョロ
な体でTシャツ一枚で歌っているような。

そうオザケンの音楽には、意外や意外、私にはとても「戦い」を
感じたのです。

マッチョな文明に対するアンチテーゼ。

それは、僕らの世代共通のテーマとでも言いましょうか。

ほとんどの人が、マッチョな文明を受け入れて、鍛えて武装して
戦場へと出て行く。

そん中、僕はマッチョな戦場へ出ることを拒否して、オルタナティブ
な地下世界へと潜伏する。

一方、オザケンは、マッチョな戦場へ、裸で出て行って、銃弾を
浴びながら歌っている…。

それが、オザケンの痛々しさというか、オザケンは、歌うことによってに
マッチョな世界に戦いを挑んでいたのではないでしょうか。

だから僕は、オザケンが『LIFE』以降、突然のように消えたことに
何ら違和感を感じませんでした。

むしろ自然な成り行きだったのでしょうね。

そして、16年経って、再び社会へ現れたオザケン。
僕も、長らく潜伏していた地下世界から、いわゆる表の社会へと顔を出す
機会が偶然にも多くなって来ました。

『笑っていいとも』が放送された32年間というのは、ある意味、
マッチョ文明の最終章だったのかも知れません。

なんでも、タモリは、『笑っていいとも』が終わって、何がしたいと
聞かれたら、「棚田に行ってみたい」と言ったとやら。

それは、オザケンが再び、裸のままで歌える文明への転換を意味するの
かも知れません。

そうそう、オザケンの次の出演者が、マッチョ文明の復権を目論む
アノ総理であるところが、またとてもシンボリックですよね(笑)

魔女狩りの記憶

SMAP細胞?

初めてネットで見た時、見間違えたのは私だけでしょうか(笑)

しかし、最近の大騒ぎは何なのでしょうかね。
どうも、この話題は、化学の真実がなんたらではなく、人間の
根源的なところを刺激する要素があるのではないでしょうか。

門外漢の私としては、科学的にどうであるかは、全く分かりません。
ただ、どうも今回の女性化学者を祭り上げ、追い込んで行く世情は、
中世の「魔女狩り」を見ているようです。

多分、この方は、魔女狩りの前世があるのでしょうね(笑)

男女平等が叫ばれて、知性と体力がある女性なら、社会の地位を
確立できる時代になりました。

ただ、まだまだそれは男性原理を武装した女性に限られます。

問題は、「かっぽう着」なのです。

お母さんの象徴である「かっぽう着」は、女性原理の象徴です。

女性原理が頂点に立とうとすれば、まだまだ根底に男性原理を
隠し持っている社会は、無意識に追い落とそうとしますよね、
難癖つけながら。

また、今回のなんたら細胞の作り方が、どうも魔女っぽい(笑)

遺伝子で初期化するなどの複雑な最新技術を使わずに、単純に酢の
溶液に浸すだけという、どうも大鍋に薬草を入れて魔法のスープ
を作っているようなイメージを喚起してしまうのです。

中世の魔女狩りの根源にあるのは、男性原理(近代科学的思考)
による女性原理(自然や大地に対する信仰)の完全なる征服なの
ですね。

どうも今回の状況は、「不正だ!不正だ!あいつは魔術で人を
惑わした!」と民衆が叫びながら、地に根ざした(ハーバリストなどの)
自然科学者であったうら若き女性を血祭りにあげ、火あぶりにした
人類の記憶を呼び覚ましてしまうのでしょうね!

最後にコピペ問題について一言。

「あなたがたの中でコピペをしたことがない者が、まず、この女に石を投げなさい」

って確か偉い人が言ってたっけ(笑)



 

空っぽなんです

ついにね、言いたいことがなくなったんです(笑)

世界に対して。

ある意味、この世界をどうにかしたいという欲求が、言葉になるわけで。

その言葉によって構築されるアイデアで、世界を変えたいという意欲が
あって、手が動き出すわけで。

そして、その世界に対する影響力を推し量って、自分というアイデンティティ
を確認したかったわけなんです。

僕は今、ある意味、人生においての大転換の最中にいるのかもしれません。

実体と思しき、世界が消え。
その世界との相対の中で存在する自己が消滅し。

今まで僕が僕だと思う僕は、完全に無に帰そうとしています。

そう空っぽなんです(笑)

そして、静寂なんです。
それは、どこまでも続く平穏なのです。

これから何を書いて行こうか。

多分、何かを書くとしたら、今までとは、全く違う言葉になるのかもしれません。

空っぽの中から自然と湧きだしてくる言葉。

言葉にはならないかもしれない言葉。

書ける時が来るかもしれないし、来ないかも知れない。

まぁ、そんな心持ちでいる今日このごろなんです。

森と棚田と海が織りなす平和食

先日、私のフィールドである西伊豆松崎町の石部棚田で
草刈り作業とその集落で3年ぶりに復活した大地曳まつり
に参加して来ました。

棚田と海のイベントを同時に経験して、あらためて、
森と棚田、そして海という日本の国土が織りなす循環を
肌で感じる二日間となりました。

「森は海の恋人」は、我々の世界では比較的メジャー
な運動ではありますが、私はマクロビオティック運動など
の食の世界にいる立場として、「森と棚田と海」という
3点の軸から、日本を捉えたいと常々思っています。

今、ユネスコの世界無形遺産に「和食(一汁三菜)」の
登録申請が進められているそうです。

日本食は、なぜ「和食」と呼ばれるのでしょうか?

これは、日本のいわゆる主食であるお米、そして山の幸
海の幸を副食にした「一汁三菜」が、環境と調和し、
人と人を和し、平和で健康に暮らせる食事だからです。

森が水をもたらし、棚田がその水で稲を育み、森と棚田
で養分に満たされた水が川から海に流れ、海の生き物を
育む。

もしも、これが水稲でなく、畑作物が主食であれば、
山は焼かれ、土壌も痩せて行きます。

もし、肉食が日本で推奨されていたら、放牧で山の緑は
食べ尽くされて行きます。

この日本の国土が、これほど緑豊かなのは、森と棚田、
そして海という水の循環をシステマティックに活用して
導き出された「和食(一汁三菜)」があったからです。

逆に言えば、この「和食」でしか、この国土を守りながら、
人々が生きていくことが出来なかったのです。

そして、この「和食(一汁三菜)」を、季節や土地に即した
食べ方で食していれば、環境は悪化せず、人々の身体の
健康も保たれるわけです。

つまり、お米を主食として、ごく僅かな山の幸と海の幸
という副食で構成された「和食(一汁三菜)」は、
そのものずばり、日本の「森と棚田と海」という環境の
循環モデルなのです。

ですので、その「和食」が世界無形遺産に登録されることは
とても意義のあることでしょう。

好きなものを好きなだけ食べて何が悪い!

と言う方の気持ちはよくわかります(笑)

しかし、「食」とは、環境なくして存在することはできません。

つまり、大袈裟に言えば、食べ物は、自分で決めるのではなく
自分が住まわせてもらっている環境が決めるのです。

そして、その環境が決めた食べ物を食べれば、自ずと自分の
健康が約束されるのですね。

マクロビオティックの思想とは、単純にこんなことなのです。
あまり、小難しく考えないでくださいね(笑)

私のフィールドである松崎町の石部棚田は、「森と棚田と海」
という循環モデルをコンパクトに体験できる稀有な集落です。

もし、「和食(一汁三菜)」が、世界無形遺産に登録される
のであれば、そのコンセプトに「森と棚田と海」という
「和食」の背景をぜひ盛り込んでいただきたい。

なんだったら、石部棚田を世界遺産に登録しても

OKですよ(笑)

 

22的転換点

今年も6月22日で無事、年を1個とりました。

43ちゃいになりました。

別にお祝いコメントが欲しくて書いているのでは
ありませんよ(笑)

今年の誕生日は、なんというか、ものすごいエネルギーの
転換日というか

21日夏至
22日富士山の世界遺産登録決定
23日スーパームーン

というように、地球の盆と正月が一緒に来たような
3日間でした(笑)

ところで、ユネスコってのは、「富士山=不二=22」
ってことを知っていたのでしょうか?

22日に富士山の世界遺産登録を決めるなんざ、なんという
小粋なことをしてくれるのでしょう。

富士山というのは、地球における不二(二元性の統一)の
シンボルです。

それが「22」という次元を超えるシンボルの日に世界に
登録される訳ですから、本当に小粋ですよね。

しかも、今年は前日が「夏至」、後日が「スーパームーン」
という、太陽と月の象徴的なイベントがあったわけです。

まさに昼と夜という二元性が、「22(不二)」で持って統合
されるわけです。

まぁ、これはスピ系の世界では、アセンション(次元上昇)
の何らかのサインとしか思えないでしょうね(笑)

ともあれ、いよいよ世界は、2元性の統合の時代に入って来ます。

そんな日が誕生日だった自分もいよいよ新しい動きの時代に
入っていく予感がしています。

そして、22日当日は、なぜか「広島」にいました。

分裂の象徴の都市で、統合の象徴の日を迎える。

なんともすべてが、笑っちゃうぐらいにわかりやすく仕組
まれてる。

みなさん、地球のエネルギーの変化で、眠かったり、
ダルかったり、やる気がでなかったりするかもしれません。

また、急激に生活のパターンを変えざるおえない状況に
なったりするかもしれません。

これらは東洋医学でいうところの瞑眩や好転反応なのでしょう。

梅雨が晴れるころ、いよいよ身は軽くなり、時間を感じなくなり、
世界がとても静かに感じるようになりますよ。

世界はますます激動の時代になるのに、まるで、この世界が
自分とは関係のない別の世界に感じるように。

そんなわけで、今年も私は、激動の世界を波乗りするかのように
飄々と生きていきたいと思います(笑)

皆さん、よろしく〜。



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