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モラトリアムの40代

2012年6月22日で、42歳になりました。

別にお祝いのメッセージが欲しい訳ではありませんよ(笑)

ただ、今年の誕生日は、何か大きなエネルギーの転換点では
ないかと感じたのです。

そこで、数秘分解(笑)

2012(5)+6+22

とりあえず「22」は残したいので、5と6を足すと「11」

すると

11+22=33

う〜ん、ゾロ目のストレート…。
まさに、現実世界と夢の世界が直結してしまう並びですね(笑)



僕は、20代のいわゆる青年期を90年代に過ごして来ました。
90年代の衝撃的な出来事の一つにオウム事件がありました。

そのオウム事件が、偶然か必然か、いま大きな転換点に
差し掛かっています。

当時、オウム事件に直面して、何が驚いたかというと、それは
僕にとって凶悪犯罪とかではなく、何よりも、実社会の外側で
リアルに生きている人達がいるという事実でした。

僕は、20代の半ばいわゆるフリーターのはしり、現実社会に
自分の居場所を見出すことのできないモラトリアム人間でした。

少年から青年にかけて、客観的に見てきた「社会」には、なんの
興味も持てず、社会の一員になる第一歩である「就職」もする気が
なく、プロや専門家にもなる気のない音楽や学問を隠れ蓑に、細々
とアルバイトをして生活していました。

社会に対する冷めた気持ち、それと同時に社会の外側をウロウロ
する焦燥感…。

そんな中で起きたオウム事件でした。

僕は、オウム事件に直面することで、この日本で社会の外側に
別の世界を打ち立てて、しかもそこでリアルに暮らしている
という映像に衝撃とある種のワクワク感をいだきました。

オウムの夢は、「現実世界」を攻撃することで、逆に「現実世界」
に吸収されてしまいました。

それは、今考えれば当然のことですね。

でも、当時の僕は、ある意味オウム事件で視界が一気に広がった
のかもしれません。

「社会」、そしてそれに出ることのできない「自分」という
葛藤から、もしかしたらこの世界には、見えていないだけで
多様な世界があるのかもしれない。

そこから僕のオルタナティブな世界の探求が始まったのです。

そしてそれは、消極的に選択していた「フリーター」や「モラトリアム」
といったらライフスタイルが積極的な選択になった瞬間でした。

そしてあれから月日が流れ、僕は今40代を生きています。

「フリーター」は「フリーランス」になり、「モラトリアム」は、
「何者でもない自分」という確固とした信念になりました。

そして、今年の誕生日。

僕は、オウムが「現実世界」を攻撃することで自分たちの夢を現実に
しようとした逆の方法で、自分の夢の世界を確立したいと思います。

それは、攻撃ではなくゆるすこと。

相容れないと思わしき、この世界を完全にゆるすことで、僕はこの
現実世界に夢の世界を打ちたてようと思います。

11、22、33という天使達に導かれながら。




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  • 2016.02.13 Saturday
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コメント
素敵!なんか、ポエムを読んでいるような気持ちになりました。私も精神世界に近い次男と現実社会に生きる人たちとの狭間で「許す」こと「受容」する事を学んでいる最中です。女性性をフル活動して天使達に導かれながらこの学びを楽しみたいと思います。
  • サニー
  • 2012/06/24 3:19 PM
☆サニーさん

文章がポエムチックになる時は、陰性気味
なんでしょうね(笑)

現実社会って、本当は存在しないのではない
のかと最近思います。

ですから、ゆるすというのは幻想から自由に
なると同義語なのかな。
一瞬 読み違えました
「攻撃ではなくゆすること」
オラオラオラオラ〜 オララ〜♪
怖いゆすりでなくて 
ここちよいゆりかご的なゆすりで〜

いつになったら目覚めるのだろう〜
と思いながら心地よく生きていたら
それが本当の世界だったという・・・

心地よく ゆらゆらと 生きてゆける世界を♪うむ まさしく 金魚だ それは。
  • きんぎょ
  • 2012/06/24 9:30 PM
☆きんぎょさん

あはは、確かに「ゆすぶること」ですね。

眠っている人たちをいきなり小突いても
仕方ありません。

ちょっとゆすったあげて、気持ちよく
目覚めさせてあげたいものですね。
anubisさん。
ごぶさたしております。

オウムを撮ったドキュメンタリー、「A」には続きありまして、「A2」では地域住民とオウム信者が和解をしていくシーンがあります。それは本人達も気が付かないうちになのですが、オウムや社会といったものを抜きにしての関係に見えました。

「42」で引っかかっていることがあり、コメントしました。

私もよき選択をしたいものです。




  • law
  • 2012/06/25 8:44 PM
☆law君

うちで、law君と「A」を見てから、色々考える
ことがありました。

そしたら、続々と関係者がつかまって…。

オウムの事件は、単純な凶悪犯罪だけで
とらえることはできませんねぇ。

ナチスと同じように、ヒットラーの凶器
だけでは語れないのと同じです。

確かに「42」は、「A2」にも見えますね(笑)
2012年7/22(日)という数字の日付の今日という一日もブジに終えることがデキてよかったです(正確にはまだ終わってませんが)。マクロビオティック関連のブログ(正確にいうとこのブログはマクロのブログじゃないのかもしれませんが)は沢山あるけれど今回のお題目の様なテーマをひろえる感性のanubis22さんだからこそ、一目おいちゃうんです。若い時分にモラトリアムだったその感性だったからこそ今後に期待しますね。周り見回してみても学校出て就職してってスムーズに難なく来てる人ほど何にもわかってないよなって人が多い気がしまします。


  • スイートマジョラム
  • 2012/07/22 9:22 PM
☆スイートマジョラムさん

私は、不登校や引きこもりとかは、人間として
正常な反応なんじゃないかと思うこの頃です(笑)

別の世界や別の道があることを知っている
人はとても気が楽ですよね。

逆に、社会の生産ラインが全てで、そこから
外れることが「死」を意味すると思い込んで
いる人たちはかわいそうです…。
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