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  • 2016.02.13 Saturday
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目覚めと決別の80年代

時代を象徴した人が亡くなると、その時代を思い出すもので
ある意味80年代を通過した人にとっては、ここ数日いろいろ
な思い出に浸っている人も多いのではないでしょうか。

僕の記憶は80年代から始まる。

何しろ、幼い頃の記憶が全くない僕にとって、いわゆる「目覚め」を
喚起したのが、80年代独特の洋楽シーンだった。

兄貴の影響だろうか、その頃巷に急に洋楽が流れ出したのか、
とにかく中学生の頃、エイジアやデュラン・デュラン、カルチャー・クラブ
などがラジオから流れれば、カセットテープに録音してかぶりついて
聴いたものだ。

80年代独特の電子的でスペース・ポップなサウンド、奇抜な髪型や
ファッションは、制服と時間割で固められつつあった僕の意識を
ある意味揺すり起こしてくれたのかも知れない。

おそらく80年代の洋楽に出会わなければ、僕の意識は「目覚め」
を経験することなく、社会が用意した寝台列車に何の疑問もなく
乗り込み、多くの人と同じ景色を眺めていただろう。

そんな救世主であった80年代の洋楽シーンが、マイケル・ジャクソンや
マドンナ、シンディー・ローパーやプリンスが出てくる頃になると、僕は
すっかり冷めてしまうことになる。

つまり80年代というものは、ロックを買い漁ったアメリカ商業主義の
グローバルな戦略が日本の社会も覆いはじめていただけなのだという
ことに気が付き初めていたのかも知れない。

そして、僕はどことなく虚構のように感じ始めた80年代に別れを告げ、
70年代、60年代へとロックの源流を探しにレコード屋に向かった。

僕にとって80年代はなんと言うか、意識の興奮と失望だったので
あろうか。

新しい世界を見つけた興奮とその世界が虚構であった失望・・・。

その後、僕の記憶には80年代の失望感が優勢で、気恥ずかしさだけが
残るようになっていた。

80年代を象徴する人の死・・・
それは、おそらくアメリカ的な資本主義の死の象徴でもあるのだろう。

でも、それが僕の「目覚め」であったことは今は素直に認めたい。

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  • 2016.02.13 Saturday
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  • 10:27
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コメント
60年代までは、
九州、四国の山間部ではまだ、
焼き畑農業が行われていたとか。
え?源流違い?

今日のセミナーは、
照葉樹林文化についてでした。
ぼそぼそとしゃべるタイプの先生で、
その上あちこちに話が飛ぶので、
耳の遠い大ばばさまは、ご機嫌斜め。

結局、何だったんでしょう?

唯一、頭に残ったのは、
「カルチャーは、耕すという意味です。」
言葉の印象じゃなくてね、
思わず、ボーイ・ジョージが、
耕してるとこを想像してしまったの。
絣のもんぺで…。

  • 2009/07/03 2:49 AM
☆さるかた様

伝統的な焼畑農耕は、九州の熊本などはつい最近まで継承されていたみたいですね。

照葉樹林文化論は、民族学の中でも文学的で僕も好きなのですが、日本文化の多様性は、それだけでは解決しない趣がありますね。

佐々木高明さんの学説とかはとても面白いと思うのですが。

今は梅雨だけに、照葉樹林文化で一番大切なのは「発酵」だと思うのです。照葉樹林の常緑って言うのはある意味お山の永遠性だと思うのです。神道では、「榊」を捧げますよね。神の依しろは、不変性の象徴である常緑木が使われるのでしょう。

そして、その変わらない永遠性と対になるのが変化生成する「発酵現象」なんじゃないでしょうか。

死と再生、そして生まれ変わり。

独特の発酵食品文化をつむいできた照葉樹林文化は、日本の神観念にも影響しているような気がします。

ボーイ・ジョージが耕すクラブは、もちろんアグリカルチャー・クラブですよね(笑)
それ以前は、

ウィスキーの宣伝や
違いがわかる
「大人の世界」があった頃。

あこがれ が
存在していた頃

80年代は、現実が見えはじめ

本当に「希望」といえるものはあるのでしょうか?という
失望の時代だったのかな。

マイケルのダンスはそれでも美しい

あんなにヤセルには、小食で。

マイケルがマイケル・ジャクソンであるためには
あの家族も
あの薬も
全部必要だったのに違いない、
なんておもってしまいます。
  • fanta
  • 2009/07/03 11:35 PM
☆fantaさん

昨日は、うちの茶長がお世話になったみたいですね!

fanta姫のブログのファンだったので、とても
喜んでましたよ(笑)

僕は、ある食養家のO先生が、壇上に上がるとき
みんなが求めるO先生像に変身して立っているのを
見てきました。

彼は別にそれを無理してやっている訳ではなく
楽しんでやってましたが・・・。

でも、素のO先生は本当に普通のおじいちゃん
だったんですね。

多分、O先生にとって偶像である自分も素の
自分も、みんな自分だったような気がしてます。

マイケルもやっぱりそうだったんじゃないでしょうか。
昨日は、お疲れ様でした。
みなさま、ほぼイメージどおり。

人は、
自分の信じるものを見てるのよね。
真実ではなく、
真実だと思いたいものを。
  • 2009/07/06 8:07 AM
80年代の巨星はあちらの世にいかれたけれど、今はfanの心の中でさらに燦然と光っていそうですね。
彼と同じ時代を生きた私は、空気のようにかれらの音楽を吸い込んでいたような気がします。
だからいま少し、酸欠状態。

あわのくにの棚田で深呼吸してこないと、笑。
  • 2009/07/08 9:48 AM
☆.さん

あはは、イメージ通りでしたか。
僕等は完全に.さんの「おばば発言」にだまされましたよ(笑)

☆みさん

ぜひ、あわの国の棚田で深刻呼吸してください。
大塚国際美術館では、大天使ミカエル(
英語ではマイケル)のムーンウォークが
見られるかもしれませんよ!
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